
犯罪多発地区、北インド。ガヤーの外れ知らない町。リキシャーで誘拐され、頼んでもないのにウルルン滞在記。涙の別れは?タージマハルの玄関口アーグラ。気がついたら宝石屋に閉じ込めら、北斗の拳の実写版ハートが行く手を阻む。ところ変わって、ボルネオ島サンダカン。「ヘルプーミー」僕は力いっぱい叫んでいた。そうです。いずれも軟禁状態。何故、こんな事が自分の身に?検証します。
【検証その1.】インド・ガヤー発~誘拐され偽ウルルン滞在記~
インドのガヤー駅の早朝。仏教の聖地ブッタガヤーを目指すべく、駅から2km離れたバス停へとリキシャー(人力車)で向かう。行き先が同じというインド人青年とシェアした。彼の巧みなトークが始まり20分以上経過。バス停はまだか?青年に尋ねると「今は友達の家に向かってる。日本人が行ったらきっとビックリするから。」と完全に誘拐。家に着くと彼の友人は留守だったものの家族が迎えてくれた。周りには子供が走り回り、物珍しそうにこっちを見てる。ちょっとウルルンじゃない。家族と一緒にカレーをご馳走になり、家族の勧めもあり30分ほど町を見てきた。家に戻ると、父が「いやー良いロックだ」と荷物に被せてあるワイヤー式盗難防止用パックセーフを絶賛。そこに息子が登場。全く似ていない彼を見て、自信が確信へ。完全に荷物狙い。「今日は泊まっていけ」「ブッタガヤーはマフィアが一杯」「明日は祭りがある」と家に留めようとしてくる軟禁状態。もてる英語を駆使し「明日、必ず来るから。」と交渉をする事2時間。ようやく脱出成功。 青年にバス停まで連れて行けと強要し、何とかブッタガヤーに到着。宿に入り、オーナーに出来事を話したら「祭りなんかないよ」と一蹴。翌日、宿のオーナーに別件で騙され口論となる。恐るべしインディアの洗礼。
【検証その2.】インド・アーグラ発~カジキと松方がハートでフ○ック~
アーグラのとある三ツ星ホテル。夜十時発の夜行に乗るため、ロビーでウダウダしていた。そこに「電話に出てくれ。」と老夫婦。電話の相手は安藤と名乗り、アグネスチャンレベルの日本語で話しかけてきた。今から会わないかと誘う。自ら終点が軟禁駅の鉄道に乗る程アホではない。軽く断る。しつこい安藤。すると老夫婦が「私達も一緒に行くから。」と。嫁がスペイン人である事が安心確約保険に思えた。列車の出発まで4時間あるしと。夫婦のバイクにまたがる。走り出した瞬間、嫁が飛び降りた。「やっぱり行かないわ。」呑気に手なんか振ってやがる。 旦那とバイクで走る事15分。インド人とは思えない長髪を結わいた安藤がそこに。振り返ると颯爽とバイクで走る旦那の後ろ姿が見えた。日本に10年住んでる安藤は優しげな人物だ。家族の写真を見せ、”俺は安全だと”とアピール。と言いつつもこれまでのインド経験から警戒心は揺らがない。しかし次の瞬間、彼に対する不信感が消えた。何と松方の兄貴との親しげな2ショット写真。日本で宝石商を営む彼のお得意さんだそう。店を見てくれと向かいにある建物に誘導。入ると態度が激変。「これはどうだ?」と宝石を売りつけにくる。「いらない。」と出口に向かうと、北斗の拳ハートの実写版がジャックダニエル片手に行く手を阻む。酒に厳しいインドでなんと言う豪快さ。安藤は言う「あいつは元プロボクサーだ。怒ったら手をつけられなくてな。」完全に人格が豹変してるじゃねーか。生唾を飲んだ。その後、買う買わないの押し問答を40分くらいしたろうか。ようやく解放。何処にいるかも見当がつかないので、安藤に送ってくれるように相談。バイクでやって来たのはハートだった。

完全に泥酔気味ハートの後ろに乗り、バイクが走り出した。絶対に数人は殺めてる。このまま生き埋めにされるのだろうか?それとも、、、人生で最も恐ろしかった15分が経過。奇跡的にもホテルに到着。帰り際、「バクシーシ」とタクシー代を要求するハート。手持ちの5ルピー(約13円相当)を渡したところ、「ファーーーック!!!!!!」と叫び唾を吐き暗闇の中へと去っていった。 今回の旅で唯一泊まった★の付くホテル。警備員がいてよかった。
【検証その3.】ボルネオ島発~湿度120%の密室軟禁物語~
ここはマレーシアのボルネオ島、サンダカン。泊まった宿は5F建てにも関わらず、階段のみのドM仕様。朝方、屋上に出て景色を一望。森が多くてキレイな町。部屋に戻る際、唯一のお隣さんは外出するようだ軽く挨拶した。この町に着いたのは昨日の夜。知らない町を探検する時はいつもドキドキする。はやる気持ち抑え、荷物をまとめドアノブに手をかけた。あれ?開かない。何度回しても、開く気配の無いドア。ドアノブの故障のようだ。フロントに電話しようと思ったけど、安宿なので電話無し。周りを見渡す。窓はあるが頑丈な内側に鉄格子付き。窓すら開かない。ふつー盗難防止で外だろ。いずれにしても宿の最上階、お隣さんはお出かけ中。完全に軟禁だ。泣けど叫べど聞こえやしない。11時を過ぎた頃だろうか、気温、湿度の上昇に比例するようにパニック状態へ。フ○ックユー熱帯雨林気候。ドアを蹴る、窓を叩く。しまには持っていたアーミーナイフで、ドアを削り始めた。閉じ込められて3時間。すでに絶望の淵。少し声が聞こえた。すかさず「ヘルプミー」と叫び倒し、無事にレスキュー部隊が到着。ハンマーでドアをぶっ壊し、無事に救出される。まさか日常生活でヘルプミーと叫ぶとはね。
【まとめ】
北インドで乗り物に乗ると、目的地にはまず到着しない気がする。デリーの空港からのプリペイドタクシーで駄目らしいです。 何処に行くかもわからない恐怖といたらありません。 自分のケースは第三者が必ずからんでいるので、避けられた事かもしれませんが。子供の頃、「知らない人に付いて行ってはいけないよ。」と教えられてのを敢えて20代半ば過ぎてから逆らった感じです。ちなみに精神的に一番追い込まれたのは、3番目のケース。あれ以来、脱出経路があるか確認してからチェックインしてます。