このサイトはJavaScriptがオンになっていないと正常に表示されません

【小説】「霧のアシニボイン」


【ヤス イケダ】♂
最年長でリーダー的存在。 今春はれて移民となり職業の選択が自由となるが、不況により早くもレイオフを体験。 愛車はハイブリットのプリちゃん。 一般女子には優しいがサンボンだけには厳しい一面がある。
【イチ タカシ】♂
滑舌が悪いのにツアーガイドを生業とする。職業選択のミスは否めない。ファーストネームで呼び合うカナダで、外人から「イチカワ」と苗字で呼ばれる。メンバーも「イチカワ君」「ミスター」「タカ」とそれぞれ。
【オイヌマ カツオ】♀
イタズラが大好きな30代。思考回路はほぼ12才。 彼女の発言はTPOに関係なく発せられ、日本食屋で「サーモンまずい」と発言するなど 小型爆弾ばり破壊力を持つ。ヤスはたまにヒヤッとするらしい。基本栄養失調。

【サンポン ノリコ】♀
他人よりも行動が遅く、人を待たせるノリコタイムはあまりにも有名。 不特定多数から不用意に怒られる一面があるが、いたってポジティブ。 温厚なヤスをイラつかせる特殊能力を持ち 話は総じて長い。浪速のノリピー。



「ギャー。い、痛い。ひ、膝がー」ヤスの声がオグ湖周辺に響いた。
慌てて駆け寄るイチとカツオ。

相変わらず出足の遅いサンボンは、まだバックパックに荷物を積めてるようだ。
ヤスの様子を見て驚いた。彼の膝からおびただし量の血が噴き出ている。

「大蛇に襲われたんや」とヤス。
そこに一足遅れてサンボンが「どうしたん?」とやって来た。

「ノリちゃん。見て見てマーライオンみたい」と早速カツオの小爆弾が爆発。
その時、私達4人は人里離れた山奥にいた。まさかこんな事態になるなんて、、、


話は出発前夜にさかのぼる。
.
私達は明日からのアシニボイン州立公園への2泊3日ハイキングの予定を立てていた。
目的地はアシニボイン州立公園。ロッキーのマッターホルンと称されるアシニボイン山を間近に見れる絶景の場所。
ただし山奥にあり、登山口から縦走すると最低55km。単純往復でも50kmの道のりである。

さらには中日のハイキングを考えると、最低70kmは歩く事に。
ただ、金さえあればヘリコプターという手段もあり、シャーク山からアシニボインハットまで飛べる。
大半の30代以上は金に物を言わせ、最低でも片道をヘリINかヘリOUTするのが常識。


30代ではあるが、長引く不況とインフル効果で赤貧の我々は、全行程を歩いて行く事に決める。
その変わり荷物が重くなるテント泊を止め、1泊$20の山小屋ナイセンハットを予約したのである。

問題は初日の30km歩行。参加者の中に過去それだけの距離を一日で歩いた者はいない。
当日の天気は雨後サンダー。

話の論点は何を持って行くのかが中心に。
幸い山小屋には共同のキッチンがあり、コンロ、水はあるとの事。

「大丈夫でしょ。てきとーに持って行けば」と楽観主義者のカツオ。
「安全も考えれば、テントを持っていった方がええんちゃう。」と慎重派のヤス。
「で、ご飯どうするん?あ、酒も持っていかな。」と相変わらずのサンボン。

話し合いと準備が整いゴールであるシャーク山の駐車場に友人ノリ君の助けを借り、ヤスの愛車プリちゃんを駐車しに向かった。

3日後に、無事この地に帰って来れるのか。
期待と不安が高まる中、韓国料理屋で夕食を食らい、スタミナを補強し万全を期した。



「おぇ」朝から気持ち悪い、昨晩の焼肉で完全に胃がもたれてる。
嗚咽を抑えながらサンボン邸前に向かう。そこに1台の車がやって来た。
ハイキング出発点まで送ってくれる心優しいG君。

車内にはヤスとカツオがすでに乗っている。
勿論サンボンはまだ家から出てきていない。
相変わらずのノリコタイム。
何のために奴の家集合にしたのか。

数分後、片手に鳥のモモ肉を持ったサンボンが登場。
「いやー。朝一はやっぱりケンタやで。」と顔全体をテカらせ車に乗り込んできた。
この湿度50%以下のロッキーで、彼女の乾燥知らずはこのためか。

ふとバックミラーを見たら、助手席に座る鬼の形相をしたヤスの顔が見えた。
「8時発のバスに乗り遅れたら、どないすんねん。」と今にも血管が切れそうなヤス。

「すいません。。。。」と一応は誤るサンボンであったが、
数分後には「ちょっと、聞いてやー」と、間違いなく長くなるいつも愚痴が始まった。
サンボンの話が終わるか終わらないかした20分後、駐車場に到着。

スタート地点はサンシャインビレッジ。
冬はスキー場で夏はハイキングのメッカである。
駐車場からはシャトルバスでハイキング登山口までショートカット。

「無事に30km歩けるかな」とヤス。
「何とか明るいうちに着きたいね」とイチ。
「大丈夫、大丈夫」とカツオ。
「ワイン2㍑で足りるかな」とサンボン。

それぞれの不安と期待を胸に、送ってくれたG君に見送られたシャトルバスは8時に出発。

出発地点のトレイルヘッドに到着すると、標識は目的地まで28kmを示していた。
すでに予定よりも2km少ないじゃんと喜ぶアフォな一同。

アシニボインへの分岐点までは15分くらい。
せっかくなので、分岐点で曲がらず、ロックアイル湖まで足を延ばす。
普通はこの途中で遠くにアシニボイン山が見えるはずだか、全くもって見当たらない。
ここ最近の山火事の影響でこの辺り全体が霞んでいるのだ。

アシニボインへ行くために少し戻り、別の標識を見たら表記が30kmと長くなっている。
少なとも登山口から1kmは歩いたはずなのに何故に増える。今思えばこれが不幸の始まりだった。

果たしてアシニボインは姿を見せてくれるのか。


分岐点をアシニボイン方向へと曲がると、しばらく平地が続く。
この時期、花の最盛期を迎えるこの辺りでは色とりどりの高山植物が迎えてくれた。

歩き始めて小1時間。ちょっとした峠を抜けると微妙な湖を発見。
地図にはハワードダグラス湖と書いてある。キャンプサイトもあるよう。
写真も撮らずに先を目指した。


さらに1時間でシタデル峠に到着。ここからはアシニボイン州立公園に入る。
ここまで約10km、所要時間は約2時間。思いのほか早いペース。
なんだ余裕じゃないと山を完全になめる4人。
調子にのるカツオは新作のMade in Korea”ゲッコー”自慢を始める。

60㍑のバックパックを40%OFFの約$100で購入。同じサイズの他ブランドが$200前後なので確かに激安だ。
「いやーすごいよコレ!。頭の所に枕が付いてるから、たったまま寝れる。」と、おどけるカツオ。

しかし、3時間後には「あー痛い」と嘆くカツオがいた。
腰に回すベルトのサイズが合わず、骨に直ダメージを受け不平不満をもらす。
ちなみにこのハイキング以降、何度もカツオとつるんだが自慢の”ゲッコー”の姿は見ていない。

一方、数年ぶりにデジカメを手にしたヤスは、子供の様にシャッターを切っていた。
景品でもらったカメラの良さに満足気なようす。数枚の写真を撮るとヤスが叫ぶ。

「あれ、もう撮られへん。なんで。メモリーカードも入ってるのに。」
よくチェックしたらメモリーカードではなく、ただのminiSDカードを入れるアダプターであった。

カメラの内臓メモリは推定16MB。普通に撮ったら20枚しか撮れない。
ハイキング2日目、3日目と自慢のオ○ンパスを見る事はなかった。



彼らの新作自慢も尽きたところで、ゴールデン・バレーという谷に入っていく。
かなりの急勾配を下り続けること約1時間。見晴らしの良い尾根をまた1時間。雨に降られたくないヤスは、いささか急ぎ足だ。

さらに岩場を進むと、ついにアシニボイン峰が見えてきた。テンションの上がる4人。
30分後、オグレイクに到着。ここまでくれば山小屋までは、あと5km弱。



オグレイクに着き、昼食タイム。
持参した昼飯を食べようとしたら、「うち、トイレ行って来るわ」とサンボン。

ヤス、イチ、カツオの3人が食事を終え、さぁー歩き始めますかと立ち上がったその時
「ご飯、食べようや~」と呑気にサンボンがやって来た。


ここに来るまでも休憩の度に、ワンテンポ遅れる相変わらずのサンボン。
準備万端で歩き始めようとすると、おもむろにバックパックから水を取り出す。

今回のノリコタイムで限界に達したのか今までの蓄積か。
ヤスの目がいつもにまして細くなり、ついに怒り爆発。「何でやねん。」と立ち上がり、
怒号が静寂のオグ湖に響きわたったその時、事件が起きた。

突然、のた打ち回るヤス。「ギャー、ひ、膝がー」
イチとカツオが駆け寄ると「だ、大蛇に襲われたんや。」とヤス

「ロッキーに大蛇はいないでしょ」とイチが呆れていると

サンボンが持っているジップロックには、ご丁寧に”大蛇が入ってます!”と書いてある。

「ノ、ノリちゃんがやったの?」とカツオが問いただす。
「そや。うちがやったんや。うちにだけ冷た過ぎる。でも、帰ったら潔く警察行って自首するわ。」と涙で語る浪速のノリピー。

「すまん。そんなに思いつめていたんか。」とヤスが呟く。
「だって、うちヤッさんの事、、、す、す。」と泣きじゃくり言葉に詰まるサンボン。

「ノリコ、みなまで言うな。その先は俺が言う。」
「ノリコ、好きやでー。俺、ノリコが好きやー」

ヤスの思いがけない愛の告白は、オグ湖周辺にこだました。
いや、私達の住むバンフ町まで届いたに違いない。小鳥のさえずりも彼らへの祝福の声に聞こえてきた。
「おめでとー」「いつまでも幸せに」「素敵な家庭を作ってね」「おい、おっさん、おっさん。風邪ひくで」

何か聞き覚えのある声が遠くでする。
「死んでるんちゃうか。」か声がしたと同時に、腹部に激痛が走った。
見上げるとサンボンがわき腹にケリを入れてた。

「こら、おっさん。もう行くで」とサンボン。
「あれ、愛の告白は、大蛇は?」といまいち現状が飲み込めないイチ。
「あんた。何を寝ぼけているん。アシニボインハットまでもう少しや。」とサンボンにせかされた。

転寝でもしていたのだろうか。
オグ湖の湖畔から離れて見ると、透明だった湖が赤く染まって見えた。
前には足を引きずる負傷兵ヤスの姿。全て夢だったのだろうか、それとも。。。。



時計の針も午後5時を指した頃、上空ではゴロゴロと雷が鳴り響く。
そろそろ一雨きそうなので、スピードを上げる一同。ヤスも痛めた足で懸命に歩いた。

そして久々に見た看板にはアシニボインハットまであと500mと書いてある。
5分歩いてまた看板。アシニボインハットまであと500m。減ってない。
このあとも小出しの看板に騙され、励まされ、ついにアシニボインハットに到着。


1泊$250という宿に泊まれるはずないほぼホームレス4人組。
ここはチェックインだけで、離れの山小屋ナイセンハットに宿泊する。

とりあえずはハットに荷物だけ降ろし、山が見えてるうちにとマゴグ湖に向かう。
負傷兵は出たものの、何とか無事に着き記念撮影。

物思いにふけっていると、マゴグ湖の湖畔でビーバーが水浴びをしていると思ったら負傷兵ヤスだった。





ナイセンハットには6つくらいのハットがある。
私達が泊まるコテージは、フリーベンとキク科の花の名前がつけられていて8人部屋だ。
部屋には2つの2段ベットがあり、1ベットに2人が十分に寝れるスペースがありマットも完備。

一つ難点を挙げるとすると、日中でも採光を取り入れる窓が小さく暗い。
ヘッドランプが無いと全く見えないに等しい。
下の段にはヤスとイチ。上にはカツオとサンボンが寝る事に。

ヤスは負傷した足を冷やしハットから出ると、上からカツオの声がした。
「ミスター。今、ノリちゃん着替えてるよ。裸だよ。」
「ミスター。ノリちゃんタオルで体を拭いてるよ。」
追い討ちをかける様にカツオが続く。

自分の認識の中でタオルを使い汗を拭くのは、力士かプロレスラーだけある。
20代とは思えない大胆なサンボン。

その後、サンボンが髪をかき上げるという女性らしい仕草も長州小力にしか見えなくなった。

お腹も空いてきた午後7時過ぎ。夕食の準備に取り掛かる。
まずは必要な食料などをフードストレージへ。これは鉄製のボックスタイプで熊対策の一つ。
山小屋やテント内に食料を置いておくと、臭いにつられ熊がやって来るので全ての食料はこの中にいれなければならない。


本日のメニューはシチューとパン。それに赤ワイン。
あらかじめサンボンが家で調理をしておいてくれたので暖めるだけ。助かります。

ヤスとカツオが持参したオリカッソも大活躍。
コップや皿が小さく折りたため、洗うの楽チン。


疲れからワイン1杯でイチは爆睡。
明日の予定はナブ山の山頂まで上がり、上から辺りの景色を一望予定。

しかし、天気は大荒れの予報。
少しだけ希望を持ち、就寝したが夜中になると雨の音が激しく聞こえてきた。
明日はどうなるだろー