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【小説】「山と寄生虫と私」


【イチ タカシ】♂
当時26才。リーマン生活に終止符を打ち、念願の長期旅行へ。小学生高学年時代に見せられたアニキの歌に感銘を受け、エベレストを見にネパールへ行くが、ジアルジアに寄生され虫の息状態でトレッキングをするはめに。
【ジアルジア】
イチに寄生したスタンド。体内にガスを振りまき満腹中枢を麻痺させ、緑色の液体を吐き出す。1週間の潜伏期間を経て覚醒。その後、一度は薬により死滅しかけるが、アルコールにより見事復活。イチを苦しめる。
【アニキ】♂
イチが幼少時代に憧れた永遠のアニキ。生死を歌った「ガンジス」はイチにヒマラヤ山脈トレッキングを決意させる。その後、ケビン山崎のもと肉体改造しイチを虜に。桜島24時間ライブで流した涙をイチは忘れる事はない。
【オモニ】♀
トレッキング中に苦楽を共にした韓国の母。奇遇にもアニキの大ファンで。翌年の8月に櫻島で再開する事を約束した。5000m間近でドクターストップにより下山を余儀なくされる。イチは彼女のためにトレッキングを続けた。



「ふぐんぅ」イチは声を押し殺した。
果てしなく遠く感じるナムチェバザール。

トレッキングが始まってまだ2日。
にも拘らずイチは苦悶の表情を浮かべている。

「ぐぉー」激痛の波がやって来た。
幾度となく襲うこの恐怖と激痛。その度に流れ出る油汗。

「あーなんで1杯ひっかけてしまったんだ」。いまさらながら後悔の念がよぎる。
間違いないアイツだ。ジアルジアだ。完全に復活してるじゃねーか。

自分の不甲斐なさに対する怒りを押し殺すかのように、ひたすら歩き続けた。
そして数え切れないくらいのおトイレタイム。

温室育ちのイチにとって、和式しかも”ぼっとん”で用を足す事は何事にも耐えがたいものだった。
あの不潔極まりない便座を思い出すだけでも吐き気がしてくる。

しかし、必ずしもトイレがある状態とも限らない。
デビュー戦を間近にしたマジで野○ソする五秒前。ついに見えてきたナムチェの村。

最後の力を振り絞り、村にあるであろう医院を探すべく走り回った。すでに微量ながらもれている事も知らずに。

10月8日にインドに入ってから1週間、イチは疲れ果てていた。
ヒマラヤのトレッキングのために買ったナイキのトレッキングシューズは、インド東側の玄関口カルカッタであえなく沈没している。

水を内部に通さないゴアテックス加工を施されていたが、膝丈まで洪水につかれば、そりゃ足首部から水が浸入してくるだろう。
しかも雨水には大量の糞尿も混じっており、きめ細かいゴアテックスの素材には間違いなくビッシリだ。

その後も軟禁、罵倒、盗難、セクハラとイチの周りで次々に起きる事件。
挫けそうになりながらも「インドに疲れたらネパールに行くと良い。」という旅人の話と
ヒマラヤでのトレッキングというモチベーションで、何とか辿り着いたネパールの首都カトマンドゥ。

この国、ネパール人はとても友好的だ。インドの喧騒とはいささか様子が違った。
ただ、どうも調子が優れない。止まらない咳に鼻水、便も少しゆるめかつ、微熱気味にゲップのハーモニー。

風邪の諸症状だろうと、トレッキングに必要な準備に入る。
ネパールのトレッキングで特に有名なのは、エベレストが見えるサガルマータ国立公園地区とアンプルナ地区の二つ。


前者は拠点になる町カトマンドゥからのアクセスが悪い。ルクラまで飛行機で飛ぶのが普通。
気合がある人はカトマンドゥからジリまでバスで行き、1週間かけて歩けばルクラに行けるらしい。後者はポカラからアクセスできるので便利。

世界最高峰をこの目で見たいのイチは、サガルマータ国立公園に入る手続きをした。
タメル地区にある事務所でパスポートと写真を提出し申請を済ませ、 国立公園入園料1000ルピー(約1500円)は現地で払う事に。

※トレッキング地区や法律改正などにより必要な手続きは異なります※
2006年にはガイドの雇用が義務付けられたり(現在は廃止)、2009年現在はネパールトレッキング協会に登録義務あり(無料)。
変更する事も多いので最新の情報を確認しましょう。 参照サイトネパールトレッキング情報ヒマラヤンアクティビティーズ

カトマンドゥのタメル地区にはたくさんの登山ショップがあり、ほぼ全ての物が現地調達できる。
ここは世界中からトレッカーが集まる場所だ。

イチは登山ショップの一軒”プDIOの館”に導かれる様に入った。何も知らずに。

入手したのは、やっぱり形からでしょうと2つで1000ルピーのトレッキングポール。
「山の上は冷えるぞ。でも、-20℃対応のコイツならグッスリだよ。」と店のおっさん一押しの”ノースフェイス”の寝袋3500ルピー。

寝袋とポールを買ったおまけで”パタゴニア”のフリースを付けてくれた。
合計で4500ルピー。日本円で計算すると6750円くらいだろうか。

希望の商品を買い揃える事ができ、満足そうなイチ。
ちなみに町にあるノースフェイス正規代理店では、マイナス9度対応の寝袋が約38000円で売られてる。

次にルクラまでの飛行機を予約しに旅行代理店へ向かった。
航空会社はブッダエアーゴルカエアーイエティーエアー など数社あるそうだ。どこでも大体US$100前後。

帰りの便はルクラでも買えるそうなので、10月20日発の片道チケットを購入。
その日の夜、明後日に迫ったトレッキングの準備に追われるイチ。その顔は希望で満ちていた。あの音が聞こえてくるまで。

「ゴロゴロゴロ~ゴプゴプゴプ~」凄まじい音が聞こえてくる。
「何だ何だ。自分の腹部から聞こえる音じゃないか!」とイチは慌てた。

「ゲフゲフゲッフ」
それと同時に悪臭をまとったゲップが始まった。しかもノンストップ。
本当に口からたちこめる臭いなのか?もう一方の口じゃないのか?イチはパニック状態に陥った。

慌ててトイレに駆け込み、上下の口から全て出し切った。
恐る恐る便器を覗くと”緑の物体”が浮いている。

これが口から出た物なのか、別の穴から流れ出た物なのかは定かではない。
ただ一つ間違いないとするならば、紛れもなくイチの体内から出た”モノ”という事だ。

レバーをひねり下水に流す直前、その緑の物体が「WRRRYYYY」とイチには笑っている様に見えた。

翌朝、昨晩の出来事が夢でありたいとトイレ向かったイチであったが
無常にも体内から出たモノは緑色をしていた。しかも昨日より瑞々しい。

現状を把握したイチは保険会社に電話し、病院の手配をしてもらう。
幸いにも徒歩圏内に病院が。そこには金髪の女医が小さな容器を持って立っていた。

ドクター「とりあえず検便するわよ。出しなさい。出しなさいよ。早く。」
随分とSっ気のあるドクターだな。とドMのイチは満更でもなさそうに支持に従う。

10分後、検査の結果が出た。
「あなたのスタンド名はジアルジアよ」とドクター。


「水みたいな便が止まらないでしょ、あとガスを発生させるの。」とドクター。そして写真を取り出しイチに見せる。
「汚い水を触ったり、食べ物かもしれないし。感染したら1週間くらいの潜伏期間があるの。その後、覚醒するのよ。」
「どう?これが肉の芽よ。この触手が脳に達すると覚醒するってわけ。あなたも立派なスタンド使いよ。あなた、DIOの館に行った?」

はっ。目を覚ますと病院のベットの上にいた。

ドクター「写真見て、気絶したようね。でも、大丈夫、薬ですぐに治るから。」
イチ「え、薬?肉の芽を取らないと。スタンドがDIOが、、、」
ドクター「肉の芽にスタンド?DIO?何の話?」「One kind of Parasiteよ」「ただの寄生虫だから心配しないで。」

イチ「ありがとうございました。」
ドクター「大事な事を忘れていたわ。治っても当分はアルコールを控えてね。復活するから。」「WRRRYYYY」

最後の叫び声がいささか気になったが、とりあえず翌日発の飛行機をキャンセルし、処方された薬を飲んで安静に一日を過ごした。

翌朝のトイレにて。早くも薬の成果がでてる。便が完全液体状からキャラメルコーンにチェンジ。
あー神様ありがとう。2日後には全盛期を彷彿とさせる硬さに。

興奮が収まらないイチは旅行会社へ駆け込んだ。
イチ「やったよ。硬さが戻ったんだ。ほぼ通常通り。想像できる?昨日までサラサッラだったんだ。」

明日には完全復活間違いなしと見込んだイチは、翌22日発のチケットを確保した。

宿に戻る途中、いかにも病み上がりという表情の青年が話しかけてきた。

青年「ずいぶんとご機嫌だなー。良い事でもあったのかい?こっちは腸チフスになって40℃の高熱に1週間もうなされたっていうのに。」
イチ「そいつはごめんよ。でも、僕も病み上がりなんだ。そうだ!これから二人で快気祝いといかないかい?いい所知ってんだ!」

イチと青年は温泉へと向かった。
二人とも病み上がりという共通点があるからか、それとも裸だからか自然と打ち解けていった。

イチは青年にこれからエベレストを見に、トレッキングに行くと告げた。
彼も本当ならば今頃トレッキングに行っているはずだったらしい。ただ、1週間入院したせいで予定が詰まり、行けなくなったと。

風呂上り、併設しているレストランで青年はイチに話始めた「じゃー。景気づけに一杯やらないとね。奢るよ。」
青年「おねーさん!ビール1本とグラス2つちょうだい。それに枝豆も。」

イチ「駄目なんだ。ビールは飲めなさい。医者から止められているんだ。気持ちは嬉しいけど。」
青年「大丈夫だよ。グラス1杯くらい。さっさっ1杯。」

イチ「んー。じゃー1杯だけ。ドクターには内緒だよ。」ついにドクターとの約束を破り飲んでしまった。
青年「はっはは。飲んじゃったね。DIO様の言う通り単純な奴だ。」
青年「これで寄生虫も復活だよ。おまえも登れなきゃいいんだ。WRRRYYYY。」

青年は走ってその場を逃げるように去った。




目が覚めるとイチは安宿のベットの上にいた。 今日は22日の朝で出発の日。心配していた便具合も問題無し。
見た目を十分にキャッチボールできる硬さだ。昨日の出来事は夢か。ホッと胸をなでおろすイチ。

カトマンドゥの飛行場に行くと、ゴルカ航空のプロペラ機がすでに待機していた。。
20人も乗れないサイズだろうか。予定離陸時間を20分くらい経過して、いよいよ上空へ。

空の上からの景色は抜群である。
なんせヒマラヤ山脈が一望できるのだ。

イチは興奮を抑えられないように叫んだ「WRRRYYYY。」「あれ?何故だろう?まさか?」

実質の飛行時間は30分くらいだったろうか。ルクラ空港に到着した。
飛行機ら降りると、ネパール人が押し寄せてくる「俺をガイドに雇え、彼はポーターだ。」

自力で行くことに意義があると考えていたイチは、彼らを振りほどき15キロ近くあるバックパックを背負った。
それと同時に、バックの重さがズシンと腹に響いた。慌ててトイレに駆け込むイチ。

やな予感は的中した。朝に比べると、明らかに軟化した便がそこにはあった。
「WRRRYYYY」まずいジアルジアが復活し始めている。

医者から処方された薬は、今朝で飲み干してしまっている。
しかし、今更あと戻りはできない。

きっとナムチェバザールまで行けば病院があるはず。
2日間歩けばいいんだ。そう自分に言い聞かせ2週間に及ぶトレッキングがスタートした。

初日の予定はルクラからパクディンまで。


スタートしてからまず400m近く下る。標高も2000m以下とあり、気が青々と生い茂っている。
歩き出して数時間、途中からは遠くに険しい山が見えてきた。タムセルクだ。


ルクラを出るとだいたい1時間毎くらいに小さな村がある。
だいたい宿泊施設とレストランがあり、天気も良いせいかどこも繁盛している。

ここでちょっとお茶をしていた時だ。
覚えのある激痛が腹をはしった。トイレで見た便はまたミドリの液状に戻っていた。

ジアルジアの完全復活だ。
ここからは少し歩くたび、腹部に激痛が。

照りつける直射日光が水分を欲する。
しかし、飲んでもすぐにエメラルドスプラッシュとなり、体内から搾り出される水分。

ナムチェまでは水の値段が高いよと言われ、ルクラで仕入れた1.5リットルの水4本がさらに体力を奪っていく。

まさか初日から、悶絶するとは。
しかも、登山というか寄生虫により。

歩き始めから5時間。パクディンの少し先の町チュモアで1泊。
どこの宿も宿泊費は60~100ルピー。日本円にしたら150円以下である。

板張りの独房の様な山小屋ではあったが、雨風がしのげれば十分だ。
夕食を取りにキッチンへ向かったが、ガスが体内に溜まり食欲は無い。恐るべしジアルジア。

その夜、買ったばかりの寝袋にくるまりながら朝が来るのをじっと耐えた。


トレッキング2日目の朝。
イチは温かいコーヒーをすすると、すぐさまトイレに直行した。

今日もジアルジアは絶好調。食欲も一切無し。

昨日、ルクラから高度下げた分、今日は800mも登らなくてはならない。
しかもよりによってジアルジア君が一緒だ。

しかし、いつになっても登りにならない。
正確にいうとダラダラは登っているのだろう。

ダラダラと3時間。そこはジョルサレという村。
ここで国立公園使用料1000ルピー(約1500円)を支払う。

写真を撮る余裕なんて無い。早く1秒でも早くナムチェへ。
幾度となく襲ってくる腹痛と戦い、擦り過ぎて赤く腫れ上がった肛門が悲鳴を上げた頃、長い橋が見えてきた。

近くにいたネパール人ガイドに尋ねたら、橋を越えて登ればナムチェだと。
しかし、これからが本当の地獄だった。登っても登っても登り。

荷物をポーターに持たせたブルジョア白人とセレブ日本人は、身軽そうにイチを抜いて行く。
通りすがりの日本人のおっさんは「若いの。もぅひぃーひぃー言ってるのか?」とイチを挑発する。

初めて同胞に殺意を抱く。

2時間以上登り前方にナムチェの町が見えてきた。
入り口手前には国立公園のチケットチェックを済ませ、残っている力を振り絞って医者へと走り出した瞬間、イチは倒れた。

「おーい。誰かー。タイ人が一人倒れてるぞー。」
薄れいく意識の中で「俺はジャパニーズ」とだけ言い残し意識を失った。

目が覚めると掘っ立て小屋の中にいた。
目の前には白衣を着た女医が腕を組みながら立っていた。

ドクター「やっと意識が戻ったようね。一体どうしたの?」
イチ「ジアルジアになって薬も処方されたんだけど、完治する前にビール飲んじゃって。。。とにかく薬を下さい。」

診察が先という医者を強引に説得し、何とか薬を強奪。
いくらボッタクられるかと思ったら、診察料込み(特にしてないが)で500ルピー(750円)と破格値だった。

その夜の事をイチはあまり覚えていない。
ただ薬を手に入れ、服用した安堵感で気持ちが一杯となり、宿に入ると泣きながら床についた。

と同時にこの日以来「WRRRYYYY」という叫び声を聞く事は無くなった。



翌朝。起きると雨の音がする。
ザァーザァーと鳴り止まぬ音に混じって人の声がする。出てみえるとバザーが開催されていた。

そうだ。今日は土曜日。週に1回のバザーの日だ。
ジアルジアとの戦いに翻弄されたイチは、この日にあわせナムチェに来た事さえ忘れていた。

ナムチェは海抜3,450mに位置しながら立派な町の様にもみえた。
日曜雑貨から日々の食料品までバザーで売られている。中には中国から越境した商人の姿も。

ここで雨が降ったという事は、この先は雪かもしれない。
万が一の事を考えイチはダウンジャケットを950ルピー(約1900円)で買った。

買い物を終えると町を少し歩いた。薬が効いてきたのか食欲も少しでてきたようだ。少しばかりのパンをかじる。
今日は高度順応日として一日安静にして過ごす事にした。

宿の部屋でイチは考えていた。
一体どこでジアルジアに感染したのだろうか。

カトマンドゥの女医は潜伏期間があると言っていたな。唯一、思い当たる節がある。
インドの北部からネパールとの国境に向かう12時間の移動中に水を切らし、村の井戸でうがいをした。

口にふくんだだけで感染するとは。しかし、普通にあの井戸水を飲んでいた現地人。
14億の人口を誇るインド人の何割がジアルジアを飼っているのか。想像しただけで恐ろしくなった。

翌日、本日も雨。
あせってもしょうがない。もう一日体力回復にあてた。